私の母は73歳、私の住む近所で暮らしています。陽気なしし座、車も自分で運転して買い物に出ます。
私は普段一旦寝ると朝まで起きないのですが、7月2日の深夜、なぜか3時頃起きてしまい、ふとスマホを見ると妹からのラインが。
「お母さんお腹の調子悪い。救急車呼んで病院行く。」
スマホはお休みモードになっていたので、自分からラインを見なければ、気づけなかった。阿弥陀さん私を起こしてくれてありがとうと思いながら、病院へ行く準備をし、夫に声をかけ、子どもたちの学校準備を頼み、3時33分、車で病院へ向かいました。
とても長い時間待合で待っていました。
大腸のカメラ検査を痛いからヤダと放置していた母を知っていたのに、引きずってでも検査に連れていくべきだったと激しく後悔していました。
夜が明けて5時15分、消化器内科のDr.が見立てを話してくれました。
「入院してもらって、カメラ検査をします。がんの可能性もゼロじゃない。」
「そうですか。よろしくお願いします。いったん帰って入院の荷物をまとめてきます。」
そう言いながら、私の心の中では母はがんの確率100%になっていました。
母の母親は50代で、母の弟は40歳で大腸がんで他界しています。家族性が考えられるのは明らかでした。
それから検査の結果が出るまで、祈るように妹と過ごしました。
心配で泣く妹に、こっちが泣きたいよと思いながら、
「お母さんの家族思い出してみ、お母さん十分長生きしてるで。大丈夫や。」
と言うのが精一杯でした。
結果はがんではなかったとのことでした。本当にホッとしました。でも、これからはまめに検査を受けようと約束しました。
大繩を跳ぶように繰り返し来る病気を今度は跳べるだろうか。
いつか足が引っかかっちゃう時は来る。
素人がさすがにやばいと感じる症状が出たころにはもう遅いという病気もたくさんある。
病気や死は突然やってくる、それは前から来るのではない。
日常の私たちは死神に背後から大鎌を首に当てられている状態である。
そう思いながら、自分も聴聞し続けることと、母の仏縁を念じています。
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