言葉は剣?

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今日は言葉について書いてみたいと思います。

私たち人間は言葉を持っています。何かを考える時も、感じる時も頭の中では言葉が浮かんでいます。
仏法のことを先生や同行の方に話すときも、言葉を使って伝えることになりますが、自分の気持ちをうまく言葉で表せないことは私には多々あります。

過去にこんなことがありました。
私はある店で働いていますが、疲れているスタッフAさんのことが心配でスタッフBさんにこう言いました。

私「Aさん辛そうだったからもっと早く病院に行って診てもらったら?と言えばよかった。」

B「そうですね。」

しばらくして、私に悪口を言われたといってAさんが仕事を辞めました。

Aさん曰く、私がAさんに対して「Aさんは病院行きだ。」と言った。
とのことです。

は?なんでや。Bさんから変な伝言ゲームになってしまった!最悪・・・。

結局Bさんも仕事を辞めたのですが。Bさんに悪意があれば、言葉に違うものを盛られるわけですね。

「沈黙は金、雄弁は銀」

この言葉が沁みました。かといって、何も話さなければ、仕事も進まない、仏法の聴聞は自分の気持ちを誰かに聞いてもらう比量も必要です。
仏法の味わいを言葉にする力、聞いてもらう相手とのコミュニケーションにやはり語彙力は必要です。

例えば、「最悪やん!」を「おもろいやん!」、「できないよ」を「伸びしろしかない」とか(笑)
みなさんはマイナスの言葉を言い換えて、同じ意味合いで相手に伝えることができますか? 

言葉は時として剣になり、相手を傷つけてしまいます。重くて引きずって自分でも扱えない剣(難解な言葉)はいらないです。
ほしいのは魔法のステッキ(ポンっと肩をたたくように明るくなれる簡単な言葉)です。

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